もっちりブログ

GO!プリンセスプリキュアが好きすぎてブログ初めて作りました。

プリンセスプリキュアにみる「お姫様」の解放 〜ウテナをそえて〜


はじめまして、もちよです。

今まで長いことROM専オタクを貫いてきたのですが
GO!プリンセスプリキュア
が好きすぎて人生初のブログを立ち上げました。
とりとめなさすぎて脱線しまくり・まとまらないこと請け合いですがどうぞよしなに。


一応ざっくり説明しておくと、GO!プリンセスプリキュア略してゴープリは、
プリンセスになるという夢を持つ主人公・はるかと、それぞれの夢を追いかける仲間達が
ともに成長していくという物語です。


わたしはもうすぐ25歳なのでこの世代の女の子のご多分に漏れず
セーラームーンウテナ私の場合はこれにプリンセスチュチュ
という3コンボで情操教育されてしまったので、GO!プリンセスプリキュア

放送開始前から好き。もう前世から好き

という具合だったのですが、まさかブログまで立ち上げることになるとは夢にも思っていませんでした…。


セーラームーンを見始めたのはおそらく5歳くらいだと思いますが、
25歳になっても同じ気持ちで好きって思わせてくれるゴープリがすごいんです。
鷲尾神がすごいんです。田中SDがすごいんです。
わたしがヤバめの喪女だからではありません……。

ということで25歳喪女がGO!プリンセスプリキュアのここがすごい好き!
というところを巷でゴープリとの親和性が騒がれている私の魂のアニメ、
少女革命ウテナとちょびっと絡めながらつらつらあげていこうと思います。

(といってもゴープリの話を追って場面場面の感想をという丁寧なものではなく、
マジで感覚的で雑なものなので、そういったものをお求めの場合は
こちらのていおさんという方のブログがとてもおすすめです。
わたしも愛読させていただいてます。)

 

「プリンセスってなあに?」

これについてはゴープリ開始時私たちが思っていたことであり、
また作中でもクローズが繰り返しはるかに問いかけてきました。
プリンセスになりたいという夢を持つはるかは傷ついたり悩んだり自問自答しながらも
その答えを物語を通してわたしたちに見せてくれました。


お姫様、王子様と聞くと必ずウテナを思い出して引き合いに出してしまうのは
不治の病なので生暖かい目で見守ってほしいのですが、
ウテナの場合はそのお姫様・王子様システムに一つの答えを出してくれています。

簡単にまとめてしまうと、
人はいつまでもお姫様・王子様じゃいられないよ
っていうものです。というか
お姫様・王子様ってそんなにいいもんじゃないよっていう。

物語の最後、そのお姫様・王子様システムは破綻を迎え、
アンシーは「友達」のためにひとり旅立ちます。
(個人的にはウテナが最後なったものは王子様ではなくアンシーの友達だと思っています。)


私がウテナが好きな理由の一つに作品に立ちこめる耽美で麗しい雰囲気があります。
耽美な舞台に登場する麗しいキャラクターたち。
しかしそれは卵の殻のなかであり、いつか出て行かなければ生きながら死んでしまう世界。物語のラストから考えると、最初はあんなに素敵だと憧れていた鳳学園が
しょせん虚構にしかすぎないまやかしだと分かります。
物語的にはほんとこれ以上ないラストでアニメ史上、私史上に燦然と輝いているんですが、ふともの悲しくなったりします。

 

だってお姫様も耽美な世界も全部巧妙なまやかしだから
いつか目を醒まさなきゃいけないんです。

別にこれを作った製作陣が女の子に向かって
「お姫様も王子様もいねーんだよ!目を醒ませ!!!」
って胸ぐらつかみたい訳じゃないのは分かっています。
ウテナにはかけがえのないものをもらったし、あの物語が与えくれたものは
生涯のテーマに値すると思っています。
でもやっぱりどこかで寂しいんです。

お姫様・王子様って粗があるのはもういい加減分かっているけど、
やっぱり魅力的で甘美にみえるんです。
わたしもマジでいい加減いい歳なので理事長室で鳳暁生っている場合じゃないんですが、
いまだにふととりとめもなく考えたりします。


そんな長年のモヤモヤに答えをくれたのが
GO!プリンセスプリキュアなんです。

そもそもプリンセスってどこかの国の王女という意味ですよね。
これはゴープリ作中でトワイライトもそのようなことを言っており、
そりゃそうだと我々視聴者も改めて思いました。
ウテナではお姫様をお姫様たらしめているのは王子様の存在であり、
逆もまた然りという呪いのような共依存です。
でも結局お姫様を求めた暁生も冬芽も幹も王子様にはなれませんでした。

お姫様や王子様って他者や世界との関係で
初めて成り立つ役割なんです。



幼少期のはるかがプリンセスを目指すきっかけとなったのは
プリンセスが出てくる絵本ですが、大きく背中を押してくれたのは
王子様であるカナタとの出会いです。

それから憧れがどんどん形を伴って夢に育っていき、
はるかは素敵なプリンセスになるために偏差値がそれなりに高いであろう
ノーブル学園を受験し、見事合格します。
入学後プリキュアになることでカナタと再会し、
仲間といっしょに夢を叶えるために様々な努力をします。
(ここはプリキュアの主人公の中でもすごく珍しい描写だった と思います。
主人公の生来もっている人柄や考え、能力で最後までごり押しじゃなくて
できないことに対してちゃんと努力して克服するという)

しかしその王子様に夢を否定され、完膚なきまでに絶望の底に叩き落とされます。

カナタは夢を目指すために傷つくはるかのことを守りたいが故の発言だったのですが、
はるかは自分の夢を見失いプリキュアに変身できなくなるまでになってしまいます。
(※カナタ王子はこの時記憶喪失で自分が王子だったこともはるかに昔言ったことも
覚えていません。)

この時点で先ほどのウテナでいうお姫様の役割に当てはめたら破綻なんです。
だって私をお姫様にしてくれるはずの王子様に否定されてしまったから。

あとはお決まりの展開としては、はるかの夢を否定したカナタが
もう一度はるかの夢を承認するとか、仲間の必死の呼びかけでもう一度夢を取り戻す
っていうのがありがちだと思います。
私たちの実生活においてもなにか傷つけられたり貶されたりしたら、その当人に撤回、
謝罪してもらったり、周りのひとの慰めや共感によって立ち直ることがほとんどだし
一番効果的で手っ取り早いと思うんです。


でもはるかはひとりで立ち上がります。

特別な出来事や言葉があったわけではありません。
はるかは絶望の中で自分の夢の始まりが「キラキラかわいいから」
という些細な理由であることを思い出します。
でもその夢を追いかける過程で色んなことを学び、挑戦し、
色んな人に出会ったことがいまのはるかを育ててくれました。
つまり夢みることがはるかを今のはるかたらしめた、

夢がはるかをプリンセスたらしめた。

 

誰かにお姫様にしてもらうんじゃない、
させられるんじゃない、
自分の力でなることができる。
『レッツGO  プリンセス』って自分で自分に言えることではるかはお姫様になれるんです。
『夢見るだけで世界は変わる』んです。

これって大げさに言うと

 「お姫様の呪い」の一種の解放

 なんじゃないかと思っています。
「あなたはお姫様なんだよ」って承認して肯定してくれる第三者、環境は
もはやはるかには必要ないんです。

 なんか文字にするとけっこう陳腐で伝えられないわたしがクソってなるので、

もし万が一見ていない人がいたら早急に39話まで見てほしいんですけど…。
ちなみにいま参考に39話を見返してるんですが深夜一人ということもあり
涙が止まらないんですけど…。


あと最近のディズニープリンセスと同じじゃん!とか思うかもしれませんが、
ディズニープリンセスはほぼ全員現在進行形でどこかの国の王女か、
元々は王女だったか、結局王女になるかの3択なので
まだお姫様システムの恩恵を受けているものと考えます。
(誤解無きように言っておきたいのですが、私はディズニープリンセスも大好きで
なかでもラプンツェルが好きです)

そしてこれもまた興味深いんですけど、カナタ王子はそんなはるかの姿をみて
「はるかの笑顔を守りたい」という新しい夢を抱きます。
夢の力でカナタは記憶を取り戻し、王子として復活します。
昔の夢や記憶を思い出したのではなく、新たな夢の力で王子になったのです。
つまりカナタ王子を王子様たらしめたのは出自ではなく、
夢が王子様たらしめたのです。


カナタの夢は自分のことではなく大切な人であるはるかを守りたいってことだけれど、
ウテナのお姫様と王子様の呪いみたいな共依存とかじゃなくて、
もっと1対1の、単純に1人の人間としての気持ちだと私は思います。
そしてそのきっかけであるはるかが夢見ることをやめない限り、
ふたりの絆はけっして呪いではなく、祝福されたものであると思います。



ウテナの作中にアンシーの
「女の子はみんな薔薇の花嫁みたいなものですから
という印象的な台詞があるのですが、残念ですがこれもまたひとつの事実だと思います。
だけどゴープリはそこから一歩進んで

「女の子はみんなお姫様になれるんだよ」
ってほんとに誠実に真剣に伝えてくれた
作品だったと思います。


この言葉って世間で腐る程使われていて、作品、特に子供向けのものに
織り交ぜようとすると、甘いごまかしとか根拠のない慰めになりがちなんですけど、
ゴープリは真っ向からこれに立ち向かってくれた。

あのときお姫様に憧れてたわたしやあのこ
いまお姫様になりたいって思ってる小さな女の子たちに
本当の意味で向き合ってくれた。
だからいま私、なんか救われたような気分です。

セーラームーンに憧れて
ウテナで考えて
20年越しでGO!プリンセスプリキュアに答えをもらいました。
この年齢でゴープリに出会えたことがほんとうに思いがけないプレゼントでした。

プリンセスっていう女の子がどうしても憧れてしまうものに
無責任な答えとかメタファーとかじゃなくて、真っすぐ向き合ってくれてありがとう。



ゴープリのラストは4人とも夢を追って離ればなれになるという
一見子供にしてみればビターな終わり方なんですが、
ご都合主義・予定調和な甘ったるいラストにしなかった制作陣の英断に
はるかたちプリンセスの夢を未来へ繋げてくれてありがとうという気持ちでいっぱいです。
プリキュア史上初のCパートでの成長したはるかたちの描き方も、
分かってはいるけどちょっと寂しいという置き所のない気持ちに救いを与えてくれました。
顔をうつさずはっきりと描写しないことではるかたちの今まで、
更にこれからにも思いを馳せることができました。


「いつまでも幸せに暮らしました」とか「俺たちの冒険はまだまだ続くぜ!」
って万能の様で実は機能していないことがほとんどなんですが、
これもプリンセスプリキュアだからこそ描けたラスト、
本当の意味ではるかたちにとってまだまだ続いてく物語
になったんだと思います。
そういった意味ではウテナと同じであり、
素晴らしい物語に共通している要素なのかもしれません。



つらつらかいてきましたが、これをかくにあたって自分のなかで整理して改めて実感し
更には他の人に伝えるってことでも救われたような気分です。
あと私はこういうこと語り合える友達がオンにもオフにもいないので単純にスッキリしました。
かわいいはるかたちの画像の一つもない長くて読みにくいだけ読みにくくてほんとすいません……。


あと25歳喪女、色々捏ねくり回しちゃったけど、
素直な気持ちで子供はもちろん大人も楽しめる素晴らしい作品なので
見てない人は早急にみてください。
ドレス!レース!プリンセス!!最高です!!!!!

ごきげんよう。